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これからは、書こう。

by 榊花乃

初めまして。花乃です。

まず、少し自己紹介をさせてください。
22歳独身女性。東京のとある大学で教育を勉強している大学4年生です。4月からは、有り難い事にとある旅行会社にて働かせていただく予定です。世界が旅人に大切なことを教えてくれる、その機会を生み出し続けたいと考えています。
好きな食べ物は、ピザとコーヒー、趣味は、読書です。好きな作家さんは、川上未映子さんですが、結構雑食です。というより、まだそこまで多くの本を読むことができていなくて、好きな作家さんを断定しかねます。ただ、川上未映子さんは今まで読んだ本の中では特別好きで、現実世界に生きている時に感じる、断片的な美しさを、言葉の美しい比喩で表現しているのがなんとも素敵で、お気に入りです。
自己紹介はこんなところです。どうぞよろしくお願いいたします。

「これからは、書こう。」

そう決めました。
決めた、というのも、今まではずっと書くことを躊躇っていました。
小さい頃からずっと、マジョリティに対する憧れがあって、みんなと同じ私でいたい、という気持ちが強くありました。だけど、自分の思いを文字にすると、露骨に自分が現れて、みんなと違っていることが明らかになってしまう。そのことをずっと恐れて、書くことを躊躇っていました。「個性的」、「変わっている」、と言われるのは、嫌な気はしないのですが、「全く生きる世界が違う」とまで思われてしまうのは、想像するだけで、とても悲しくて、怖かったです。みんなのと同じ世界に生きるちょっとだけ変わった人くらいのポジションでいたかった。

だけど、今年は、自分の世界を両手いっぱいに広げて生きてるような素敵な人に多く出会うことができ、私も自分の世界を愛してみようと考えるようになりました。
書いてみると、大学ではポエマーだと笑われたり、内容をいじられたりすることもありました。書く前は、こうした誹謗にも怯えていましたが、実際に受けてみると、そんなことでは私の世界は全く傷つかず、凛として美しく広がっていたのです。そのことが、自分の世界と、その世界を表出していくことについての自信となり、「よし、書こう。」という思いへと繋がりました。

思えば、みんなと同じ世界、なんていう1つの世界は、幻想にすぎず、いつになっても掴めないものだったのだと思います。それに、1人ひとりにそれぞれの世界があるはずで、「みんな」の世界と1つにまとめるのは、ものすごく失礼な思考だったなとも思っています。

この気持ちを奮い立たせたのが、『最後の秘境 東京藝大』という本。
「天才たちのカオスな日常」というサブタイトルが付いています。
私はこの本を読んで、藝大生を、天才だ、カオスだ、といって理解できなものとすることは、崇めていることにはならないのではないか、と感じました。そして藝大生以外の読者も、自分の大好きな世界を思いっきり生きてみたら、天才でカオスな人間になるのではないか、その時に藝大生に出会えば、彼らの作品や生き方を本当の意味で美しいと思えるのではないか、と考えました。
私は、この本を読んで、藝大生よりも、読者を含むその他の人に感情が向いてしまって、藝大生は、所謂「違う世界」で生きていると線引きするのは、藝大生以外の人の中に眠る、いろんな世界の蓋を改めて閉じているようで、つまらなさを感じてしまったのです。
また、私自身が感じていた「違う世界」で生きていると区切られて理解に努めてもらえないことの悲しさは、天才と崇められる喜びや優越感などの感情の底には静かに存在しているのではないかと思っていて、藝大生にとっても、読者を含むその他の人にとっても、人間1人に1つの世界、この前提を持って理解し合おうとすることができたら良いなと思いました。

『みんな違って、みんないい。』
という言葉は、「人それぞれだから理解できないね。」という諦めではなくて、人それぞれなのを理解しあっていく平和な営みの難しさと、それでも理解し合おうとする時にそこに生まれる面白さと愛情だと思っています。そして私は、そういう姿勢で人と関わっていきたいと考えています。その一歩として、自分の世界観を堂々と表出していこうと思い、「これからは、書こう。」と決めました。

初めての記事を書いてみて、
今年は、就活をしたり、論文を書いたり、校正のアルバイトをさせていただいたりで、それに負けないくらい小説も読んだのですが、やはり文章が硬く、ぎこちないことを感じました。
体裁への多少の執着を超えるコンテンツがあれば、思い切り書けると思うので、来年もいろんな感動を浴びて活きたいと思います。

今後ともよろしくお願いします。

Kano.S.


榊花乃
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