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師走に溜まった泪

by 榊花乃

2016年12月29日の夜。
なんだか少し体調が優れなくて、家に帰ってベットにすぐ横たわる。

どこからか、悲しみだけが湧き上がって、泪のしずくとなって姿を表す。泪は、止め処なく溢れた。これは、師走分の悲しみだと思った。いつの悲しみだろうか、どこからきた悲しみだろうか。得体の知れなかった悲しみの正体が、記憶と結びついて、だんだんと明らかになってくる。そういえば、何度も悲しかった。見て見ぬ振りしていた悲しみがあったことを思い出す。勇敢なふりして、気にしないでいた悲しみたちが、いつのまにか、水たまりほど足元に溜まっていた。

ふと、他の人はどれほど泣くのだろうと思う。私は小さい頃から泣き虫だったから、よく泣くのだろうか。泣くことでストレスを発散する人がいるという。私はまさにそれなのだろうか。兎にも角にも、私は他人より、よく泣くということは確かだ。悲しみについての感受性は、きっとこれからも衰えることはなく、私はこれからもずっと悲しみを携えて生きて行くのだと思う。それは、私にとって不幸なことではなくて、というか、幸も不幸もない必然的なことで。それをそのまま理解してくれる人がそばにいてくれたらと、小さく願う今が、ここにそっとある。
 悲しみを携えて生きて行くことは、心が弱いということや、精神に疾患があるということとは違う。むしろ、悲しみから生まれる美しさだってあると思うの。

泣いたって働くし、そのうち笑うし、やがて眠たくなって寝るだろう。

悲しみが胸をぎゅっと苦しませるのは確かだけど、悲しむことは私の人生の中の営みの1つでもある。
悲しみからは逃れられないから、ちゃんと悲しむことをするけれど、それよりちゃんと働く矜持はあるし、悲しむことを終えたら笑ったり寝たりする。

私にとっての悲しみのあり方。なんだか変なはなしです。


榊花乃
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