LOG IN

自分が思う自分と、他人が思う自分

by 榊花乃

自分の思う自分と、他人が思う自分の齟齬に悩んだ時期があったなぁと、ふと思い出す。
今はもう、悩んではいない。去年の夏と冬に、自分の世界を生きる美しい人に出会って、私もそうやって生きたいと思うようになって、それ以来、自分の思う自分と他人が思う自分を合わせようとか、齟齬を確かめようとすることをしなくなった。

それからの時間は、すべて、『私の時間』だった。
書きたいときに書きたいことを書き、見たい世界を見る。
誰がどこへゆこうが、流行りがなんであろうが、私がどんな言葉でカテゴライズされようが、くだらなかった。
自分が美しいと思うものを美しいと言い、触れたいものに触れて、つまらないものには、つまらないと言ったり、無関心にあしらったりした。
大切にしたいことを大切にして、好きと思う人のことを特に考えた。

使命 / Nakamura Emi
本当は、『All My Time』という曲を載せたかったのですが、Youtubeになかったので。

私が許せることを許せない人がいて、どんなに愛しても愛を返してくれない人がいることを知って、心が冷える瞬間がたくさんあることを知った。
だけど、どんなひとにも体温があることを、手を握ったときに知ったし、私が感じている本の世界の心地よさを一緒に感じてくれる人がいることも知って、心が温まる瞬間が、冷える瞬間よりもたくさんあることも知った。
そして、冷えるにせよ、温まるにせよ、それを感じる心は私の中にあることに気がついて、私の見る世界は、私の心を要として広がっているような気がして、そこに他人からどう見られるかということは、あまりにも不一致なことに気がついた。
それからは、素直に、私の見る世界の要である、私の心に立って、私や世界を見るようになった。

そういえば、この前、私は次〇〇と付き合うのではないか、というような話をされて、あまりに見当違いの相手だったので驚いたし、なぜか、少しだけ嫌な気持ちになった。というかなめられているような気持ちになった。
誰でも好きになるわけじゃない、と思った。
きっと、そう言った人と私の、カッコイイの基準や美しいと思う基準が大幅に違っていて、そもそもカッコいいとか美しいとかの観点も違っていて、好きと思う範囲が全く違っているんだと思った。

そのとき、やっぱり、他人からの目は、そんなもんなんだな、って思った。


榊花乃
OTHER SNAPS