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解ることは、ひとつもありません。

by 榊花乃

今日は、私の思うことを書きます。

私は、人間はみんな最後は死ぬっていう、この世界のルールが好きです。
そして、死んだ後は、腐敗して、分解されて、原子になって、解散して、その時点で「私」は、消滅すると思っていました。なので、この世の全ては娯楽だなと思ってて、愉しんで生きていこうと思って、思い切り生きてみて、どうしようもなく苦しくなった時には、きっと食べ物を食べられなくなって、死んでしまえば良いと思っていました。

しかし、最近私の中で、新しい説が浮上していて、混乱したのです。
その新しい説というのは、この世界は私から広がっていて、私が死んだら、同時にこの世界も終わってしまうという説です。凄く巧妙に描かれているけれど、この世界は私の頭から本が開くように広がっていて、私の頭が閉じる時(つまり死ぬ時)には、この世界もパタンと閉じるのではないかと思ってしまったのです。
つまり、そうしたらこの世の全てが私の想像物ということになるのですが、こう誰も読んでないブログだとはいえ、公共の場に書いてみると、だんだん、なんて傲慢な思想なんだろうって、呆れてきました。あなたも、あなたとして精一杯いきていらっしゃるのに、私の想像物の一部だなんて、ほんとうに失礼ですよね。

はっと、目が覚めたような。ここに書いてみてやっと気がつきました。
あーよかった。もしこの世界が自分の想像物だとしたら、戦争とか、お金とかも作ってしまって、本当に汚い心だなぁ私は、って落ち込んでいたのです。安心しました。

とはいえ、確かなものなんて1つもないと思いは、変わりません。
っていうのも、確かではないですし。「科学的に」なんて言ったってその真実性を見張っていられるのも生きている間のたかが80年程ですし。今日寝た自分と明日起きた自分が全く同じかだって判りませんし。
なので、ほんとうのほんとうは外にはなくて、内にあると思うんです。

重力がぷちんって切れたらどうしようって思うと、怖くて眠れませんね。


榊花乃
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