LOG IN

SNS、ほっとけないくせに。

by 榊花乃

私が初めてSNSに触れたのは、中学生の時。テストで満点を取って、約束通り母に買ってもらったスライド式のガラケーでみんなのやっていたmixiに触れたのが一番初めだった。ちゃんも、ネットいじめも受けて、苦しくて苦しくて泣いて、それでも前略プロフィールを作った。「好きな女性のタイプ、〇〇、since〇〇、ぜってぇ俺が守るから」の絶賛中学二年生を通過し、次はリンク集やブログを集約した小さなホームページをコーディングして作った。

そして、高校生のとき、いよいよツイッターの時代の到来。初めの頃は、どんな仕様だったけ?覚えてはいないけど、今ほどオープンでは無かった気がする。いいねを押しても自分のお気に入りリストに追加されるだけだったし、そもそも高校や中学のリア友だけをフォローしていたから、どこかいつも分からないところまで繋がっているという多少の恐れは抱きつつも、目に見えるタイムラインはものすごく閉鎖的なものだった。

高校三年生のころ、オシャレな女子がinstagramをふつふつと使い始めて、大学生になると割とイケてる男子もinstagramを使うようになった。

私は、大学生になると国際問題に興味を持ち始めたのもあってFacebook派となり、140文字じゃ書ききれない、instagramでは真面目すぎるだろ、と言われてしまうようなどっぷりとした想いを記事にして書きまくった。

大学四年生のとき、新歓で出会った大学一年生たちのツイッターをフォローしたときの衝撃は忘れない。電車の中や授業の待ち時間、なんでもない日常を背景にしても、ちょっと赤すぎるのが可愛い唇をうぅーとすぼませたりして、タイムラインに流していた。

そうつまり、何が言いたいかっていうと、ずっとSNSと一緒に生きて来た。

みんなは、どうなんだろうか。私はずっとこうありたい私と、こう思われる私の狭間で葛藤してきた。つぶやいたツイートを何度も見返しては消したり、いいねがつくと嬉しかった。いわゆる承認欲求ってやつか。よく分からないけど、SNSに触れるとき私はいつも繊細だった。

書きたいと思うことを書くと、いつも詩的だった。振り返ればいつの時代も、ポエマーといっていじられていた。私は始め、それがすごく嫌だった。みんなは笑うけど、みんなが分かってないだけだと生意気に思ってはみたが、心の底はひんやりと濡れた。自分がほんとうに素敵だと思う言葉たちがバカにされるのは、ただただ悲しかった。

だけど、大学生にもなると生意気さが勝ってきた。というより、書くことで生きていこうという決心がついた。部屋の本棚も2つ置いても足りないほどになり、たくさんの言葉たちが絶えず息をして私を包んでくれていた。世界にはこれほど言葉で遊び、言葉を謳歌している人がいる。私も私の言葉で私の物語や心を表現してみたいと思うようになった。

そして今、私はキャッチコピーを書く仕事をしている。ポエマーだとバカにされていた頃の私を励ます事実だ。

生きたいように生きていれば、活きる場所へとたどり着く。

そう思った。

言葉ひとつで、掴むことのできるお金も心も、いかようにも変わるキャッチコピーという世界。
まだまだ未熟者ですが、しばらくはここで言葉遊びを愉しんで参ります。


榊花乃
OTHER SNAPS